ZEN-UN-YU 全運輸労働組合
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機関紙「全運輸」
2005年
02月14日(号外)
要求で団結し 職場に真の労働組合をつくろう

国民のための行政を確立しよう

日航907便事故裁判
弁護側 冒頭陳述要旨

 2005年1月20日、日航907便事故裁判第5回公判が開かれ、この中で弁護側が冒頭陳述を行いました。
 今回の冒頭陳述は、航空という専門かつ複雑な分野での事件のため、裁判官により適確な判断を求めるため、検察側立証段階ではあるものの早期に行なうこととなりました。実際の冒頭陳述書はA4判57ページにも及ぶため、すべてを掲載できませんので、今回はその要約を掲載いたします。

日航907便事故裁判とは

 2001年1月31日、羽田空港を離陸し那覇空港に向かっていた日航907便と韓国釜山国際空港から成田空港に向かっていた日航958便が、同日15時55分頃静岡県焼津市の南約13キロの海上上空で異常に接近し、双方が回避操作を行ったが、907便において乗客・乗務員100名が負傷した。2004年3月30日、東京地方検察庁は、事故の主たる原因は担当していた航空管制官のコールサインの言い間違いなどの過失によるものと判断して、当時、航空管制を担当していた東京航空交通管制部の管制官2名(訓練生、訓練監督者)を業務上過失傷害罪で起訴し、同年9月から東京地裁で争われている。

I 本件における争点

(争点1) レーダー対空席の管制官には、管制間隔が欠如して、接触・衝突の危険が生じるときに両機の接近状態を直ちに解消して両機間の管制間隔を確保しなければならない注意義務があるか
(争点2) JAL907便への約35000ftまでの降下指示が間違いといえるか
(争点3) CNFの作動が規定値より約2分30秒も遅れて作動した状況下において、過失は認められるか
(争点4) 被告人両名には結果回避のための予見可能性と因果関係がみとめられるか

争点 1

1 検察官が主張する注意義務
 検察官は、両機間の管制間隔が欠如して接触、衝突の危険が生じたのだから、管制官としては、両機の接近状態を確実に解消して両機間の管制間隔(高度29000ftを超える場合は、垂直間隔の最低基準が2000ft、水平間隔の最低基準が5nm)を確保するため適切な管制指示を出すべき義務があると言う。つまり、管制官には、航空機同士の間に垂直間隔で言えば最低2000ftの間隔を確保する義務があり、そのために必要な管制指示を出すべき義務があると言うのである。そして、本件においては、両機間に2000ftの垂直間隔を確保するための適切な管制指示は、JAL958便に対する降下指示であり、それをせずにJAL907便に降下指示を出したことは注意義務に違反するものだと言うのである。

2 管制方式基準所定の管制間隔 (垂直間隔2000ft) の意味
(1) 当該行為者のある行為が、道路交通法等の取締規則に違反していたとしても、そのことをもって当然に過失犯が成立するための「注意義務違反」があるものと解釈されるものではない。過失犯においても、犯罪構成要件に該当する実行行為が行われたと認められるには、結果を発生せしめる危険を有する行為がなされたことが必要である。
 この点、いわゆる新過失論においては、「基準行為」に違反した場合に過失行為が認められると言う説明がなされることがあるが、「特定の結果を回避するために行うことを要求される具体的な結果回避措置をとる負担(結果回避義務)」が過失犯における注意義務であり、このような注意義務に違反したとき、注意義務違反が認められるのであるから、「基準行為」の意味も、そのような特定の結果を回避するための具体的な負担であって、形式的・一般的に取締規則に違反した場合がすべて注意義務違反とされるものではない。言い換えれば、過失行為とは結果発生の「実質的で許されない危険」を持った行為であり、その危険の現実化として結果が発生したとき処罰するのであるから、そのような過失行為は、取締規則に違反したか否かではなく、行為の危険性が実質的に判断されなければならない。
(2) 本件においては、1000ftの垂直間隔が確保できれば、航空機の接近・衝突の危険性は全く認められないため、そのような回避指示をなす行為(管制指示)には、結果発生の実質的危険性は認められず、注意義務違反は存在しない。言い換えれば、この場合の2000ftの垂直間隔という管制方式基準は、業務上過失傷害罪における基準行為にはならない。
(3) 管制方式基準には、IFR機に対する垂直間隔の最低基準は、29000ftを超える高度にあっては、2000ftと記載されている。しかし、これを2000ftと定めたことについては、何ら明確な根拠はない。少なくとも、2000ftの垂直間隔を切ったら直ちに危険が生じるという意味から定められた基準ではない。その理由は次の通りである。
 1) 管制方式基準には、レーダー機器が故障した場合には、29000ft以上の高度であっても、1000ftの垂直間隔で航行させることができるとある。もし、2000ftの垂直間隔を切ったら直ちに危険が生じるというのであれば、このような規定がなされるはずはない。
 2) 国際民間航空機関(ICAO)では、29000ftを超える場合でも垂直間隔を1000ftとする短縮垂直管制間隔基準(RVSM)を各地域で導入するためのマニュアルを作成している。洋上の空域については、このRVSMが適用されており、国内空域においても近々RVSMが導入される予定である。もし、2000ftの垂直間隔を切ったら直ちに危険が生じるのだとしたら、このようなRVSMの導入が検討されることすらないはずである。
 3) そもそも、2000ftの垂直間隔が登場した起源は、1950年代まで遡るが、高高度においては気圧高度計の圧力感知精度が低下して、誤差が生じやすいことが明らかになったためであり、1000ftの垂直間隔を正確に測れないことが危険なのだという考え方である。なぜ2000ftかと言う点については、何ら根拠がない。さらに、1000ftのVSMの上限をFL290に選定したことについても、何ら科学的な根拠はない。
 4) CNFが点灯するのは、3分後の航空機同士のレーダー間隔が5nm以内で、かつ、垂直間隔が1600ftを切ることが予想された場合であり、2000ftに根拠がないことを示しているものである。

争点 2

(1) 訓練生である管制官は、JAL907便に対して35000ftまで降下するよう管制指示を出した。このとき相手機であるJAL958便は37000ftを巡航中であったが、訓練生は、この時点ではJAL958便には何の管制指示も出していない。したがって、この訓練生の管制指示の全体としての意味は、JAL958便については、37000ftを巡航させ、JAL907便を35000ftまで降下させるということである。
(2) しかし、ここでは、訓練生の管制指示が注意義務に違反する危険な行為であるかどうかを考えるものであるから、両機が訓練生の管制指示どおりに行動した場合に、接触、衝突する危険があったのか、異常に接近する危険があったのかを検討すべきである。したがって、以下においては、JAL907便が35000ftまで降下を開始し、JAL958便が37000ftを巡航していたら、接触、衝突する危険があったのか、あるいは、異常に接近する危険があったのかを検討する。
(3) 訓練生が管制指示を出した時点で、両機の最接近までの時間は約1分あった。その復唱の時点から実際にJAL907便の機体が降下を開始するまでには若干の時間差があるが、その時間差を考慮したとしても、JAL907便が降下を開始する時点から最接近までの時間は、30秒以上はあると考えられた。
 通常、着陸態勢に入った航空機は、1分間に2000〜3000ft降下する。したがって、急降下などではなく無理なく降下できるという意味で、航空機は、通常1分間に2000〜3000ft降下できると考えてよい。1分間に2000〜3000ftだから、30秒間では、1000〜1500ft降下できることになる。これだけの時間があれば、JAL907便は36000ft以下まで降下できたはずであり、37000ftを巡航中のJAL958便との垂直間隔は、最接近時でも1000ft以上はとれたはずであった。1000ftの垂直間隔があれば、接触、衝突などしないのは当然であるし、パイロットが急激な回避操作をしなければならないという状態でもない。
(4) 1000ftの垂直間隔が接触、衝突の危険が存在する高度差ではないことは前述の通りであり、訓練生がJAL907便に対して降下指示をしたことは、何ら危険な結果を生じさせる行為ではない。刑法上の「過失行為」とは言えない。訓練生に過失がない以上、訓練監督者である管制官にも何ら過失はない。

争点 3

1 言い間違いの原因
(1)CNFは、3分後の航空機同士のレーダー間隔が5nm以内で、かつ、垂直間隔が1600ftを切ることが予想された場合に点灯するが、本件では、3分前には点灯せず、通常よりも約2分30秒も遅れて点灯した。その原因は、JAL907便が焼津の手前から左旋回を行なったことにより、航空路レーダー情報処理システムが計算したJAL907便とJAL958便の予想航跡の接近値がこのとき初めて基準値未満となったためであった。
(2)本件においては、CNFが点灯した時点では、両機の最接近まで1分くらいしかなく、通常よりも2分30秒も遅れて点灯するなどということは、全く予期せぬ事態であった。当然、対処方法も訓練されておらず、また、切迫した状況の中で航空機の位置を示すターゲット・シンボルとデータブロックが近接し、JAL907便とJAL958便の判別がしにくい状態となっていたことなどの要因も加わった。このため、訓練生としては、極めて切迫した状況下で緊張度が高まって便名を言い間違えたのである。そして、降下を指示したはずのJAL958便からではなく、JAL907便から復唱があった際にも心理的動揺をしていたため、JAL907便からの復唱をJAL958便からのものと思い込み、便名の言い間違いに気づく機会を失ったのである。

2 「言い間違い」 は過失ではない
 検察官は、訓練生が958便に対して降下指示を出そうと思ったが、便名を言い間違えて、907便に降下指示を出してしまったことをとらえて、あたかも、これが管制官の過失であるなどと主張する。
 しかし、本件においては、便名の「言い間違い」は全く問題にならない。なぜならば、訓練生は、便名を言い間違えた結果、907便に対して降下の管制指示を出したのであるが、907便への降下指示は、何ら危険を生じさせるような行為ではないからである。つまり、本件においては、「言い間違い」があっても、それは、ニアミスを生じさせる原因にはなりえない。

3 管制官にはCNFが点灯しないようにする義務はないこと
(1)検察官は、そもそもCNFを点灯させるような管制をしていたこと自体が管制官としての注意義務に違反するのだと言うのかもしれない。確かに、管制官としては、CNFが点灯しないように早めに管制間隔を確保するために航空機に指示を出すのが理想とは言えるかもしれない。
(2)しかし、現在のような過密交通の状態では、それは不可能を強いるも同然のことである。管制官としては、CNFが点灯してから管制間隔を保てるような指示を出せばよいことであり、3分前にCNFが点灯し、それから管制指示を出しても、十分に航空機同士の接近、衝突を回避することができる。管制官には、CNFが点灯するような事態にならないように、予め関係航空機に適切な指示を与えなければならないという義務などない。
(3)したがって、CNFを点灯させるような管制をしていたこと自体に注意義務違反があったとは決して言えないのである。

争点 4

1 因果関係の存否と予見可能性の有無
 業務上過失致傷罪は結果犯であり、実行行為と発生した結果との間に因果関係がなければならないことは当然である。また、過失犯における因果関係、特に実行行為と結果発生の間に他人の行為が介在しているような場合、因果関係の存否の問題と絡んで結果回避義務の前提となる予見可能性の有無が問題となる。

2 判例からみた予見可能性のとらえ方
 過失犯における結果回避義務の前提となる予見可能性は、当該事件において具体的に発生した因果関係及び結果についての予見可能性でなければならない。けだし、これと異なる因果関係及び結果についての予見可能性ということはそもそも無意味であるからである。
 問題は、具体的に発生した因果関係の因果の経過を構成する事実の全部が予見可能であることを要するのか、その一部で足りるとすればどの範囲をどの程度に予見可能であることを要するのかにあるが、この点に関しては、因果の経過を構成する事実の全部あるいは因果の具体的の細部まで予見する必要はなく,因果関係の重要な部分についての予見があれば足りると思料する(東京地判昭58・6・1判時1095・27頁)。

3 被告人両名の予見可能性について
 これを本件についてみるに、管制指示と逆の指示となるTCASのRAが発出された場合にどちらの指示に従うべきかに関し明確な規定が無く、そのためにJAL958便にあっては相手機を視認しながらTCASのRA指示に従った降下の回避操作がなされ、逆にJAL907便にあっては相手機を視認しながらTCASのRA指示には従わずに降下を続ける回避操作が行われており、その結果、ニアミス状況が発生し、JAL907便が衝突回避のために急激な降下操作が行われた。そして、それらは、本件における因果の経過を構成する基本的かつ主要な部分であるところ、TCASについての十分な情報提供と教育訓練を受けておらず、かつTCASの指示状況について管制席に何の表示もなされず、当該航空機からの情報伝達がなければ全く判りえないという状況にあっては、被告人両名が次に述べるようなJAL958便及びJAL907便の回避操作について予見することなど全く不可能であった。すなわち、被告人両名には、予見可能性がなかったのである。

4 TCASの運用に係る規定
 本件事故当時の規定では、国土交通省のAICにおいては、パイロットがどのような場合にRAの回避指示に従うかについての積極的な規定はなく、また、運航者である日本航空の運航規定では、「機長がRAに従って操作を行うことが危険と判断した場合を除き、RAに直ちに従うこと」と規定されつつも、RAが管制指示と相反した場合にどちらを優先するかについては明示的な規定がなかった。
 しかし、現実には、TCASのRAは、一方の航空機には上昇を、他方の航空機には降下を指示する仕組みになっている以上、RAに反する回避操作を行うことは、双方の航空機が同方向の回避操作に入ることになるから、かえって危険を増す可能性がある。
 そこで、本件事故後、国土交通省はAICの改訂を行い、また運航者である日本航空も、運航規程の整備を行った。
 1) AICの改定
 国土交通省は、本件事故の後、国土交通省航空局の2002年8月22日付「AIC:航空情報サーキュラー」Nr017/02により、パイロットがとるべき措置について次のとおり従前の規定を改定した。(なお、以下において「ACAS」の語は、TCASと同じ意味)
 パイロットがとるべき措置として、RAが発生した場合、原則としてRAに従って回避操作を実施すること。管制指示とRAが相反する場合であっても、原則としてRAに従うこと。
 また、原則としてRAと反対方向の操作は行わないこと。これは、相手機がACASIIを装備している場合には、ACASIIは互いに調整を行っており、相手機のACASIIは、自機と反対方向のRAを指示しているからである。一方の航空機がRAと反対方向の操作を行い、他方の航空機がRAに従って操作した場合には、安全な垂直間隔が失われていく可能性があり、その結果、異常に接近する危険がある。
 2) 運航規程の改定
 運航者である日本航空においても、運航規程をはじめとする規定類が改定され、RAの回避指示の内容が管制指示と相反する場合であっても、原則としてRAに従うべきことが規定された。

II 本件ニアミスの原因

1 事故原因はTCASの制度上の不備
 本件ではRAの指示に従って、JAL907便が上昇し、JAL958便が降下していれば、ニアミスは回避されたのである。しかし、実際には、JAL907便が管制官の指示に従い、JAL958便がTCASのRAの指示に従ったことにより、両機がともに降下する事態となり、ニアミスが生じてしまったのである。
 このような事態が生じた原因は、もちろん管制官にはない。そもそも、管制官はTCASのRAが作動したかどうかなどわからないのだから、TCASがどのような指示をしているのかを前提に管制指示を出すことなどできない。また、パイロットにも責任はない。
 本件当時、管制官の指示とTCASの指示とに食い違いが生じた場合、どちらに従うべきかについての明確な規定が存在しなかった。
 したがって、このような食い違いが生じた場合に、関係両機がチグハグな対応をとってしまうということは、制度上やむをえないことだったのである。

2 管制官は無罪
 以上から明らかなとおり、訓練生が行なった907便に対する降下指示は、何ら危険を生じさせるような行為ではない。また、管制官にとっては、一方が管制指示に従い、他方が管制指示ではなくTCASの指示に従うなどということは、全く予想できなかったことなのである。
 管制官に業務上過失傷害罪は成立しない。無罪である。


 

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