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機関紙  「全運輸」
  2001年 
 8月20日(945号)
要求で団結し、職場に真の労働組合をつくろう
国民のための行政を確立しよう
□1面 8・1第二次中央行動
  7・31〜8・1 座り込み行動
  猛暑にも負けず人事院前に1500人
■2面・3面 原水爆禁止2001年世界大会in長崎
  核兵器のない平和な世界を築こう
  草の根の運動を各地から
「命どぅ宝」を体で実感
  近畿地協青年協議会
  「沖縄平和行進ツアー」から
もえぎ色の旗がっちりハンドパス
  各地の引き継ぎ集会模様です
炎天下の行進のしめくくりとして
  ――全運輸集結集会――
全国の仲間の願いを千羽鶴に託して
□4面 人事院、またも一時金削減強行
  ――2001年人事院勧告――
メンタルヘルスケアの体制づくりをめざしてPTSD東京フォーラム開催される
労働組合の役割って?
  新人学習交流集会・機関紙学校
青年部大会公示
青年部選挙公示
「全運輸」 1面
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 7・31〜 座り込み行動 〜8・1
8・1 第二次中央行動
猛暑にも負けず人事院前に1500人

 国公労連は、7月31日から2日間、人事院前において座り込み行動にとりくみました。続く8月1日には、公務労組連絡会主催の第2次中央行動に結集し、全運輸からは、青年部を中心とする上京団35名を含む102名が積極的に参加しました。

全国から激励のメッセージ届く

 7月31日の座り込み行動には、航空管制支部・羽田航空支部の仲間が参加、本部からは田中委員長も応援にかけつけ、参加者を励ましました。
 また、全運輸の各職場からは、座り込み行動参加者への激励のメッセージが多数寄せられ、人事院前に集まった国公の仲間たちを大いに勇気づけました。

池沢青年部長、青年の奮闘を誓う

 8月1日は、早朝から総務省前を中心に宣伝行動を行い、全運輸は国公労連とともに「民主的な公務員制度確立を求める」ビラを配布しました。
 その後、休む間もなく2日目の座り込み行動に突入、全運輸からは前日の青年部支部代表者会議に参加した仲間35名が揃ってかけつけ、行動を大いに盛り上げました。
 午後からスタートした公務労組連絡会主催の第2次中央行動には、在京各支部と座り込み行動参加者が合流し、日比谷公園周辺を大勢の仲間で埋め尽くしました。
 昼休みに実施した人事院前要求行動では、国公労連を代表して全運輸・池沢青年部長が「低賃金で苦しめられている青年の怒りを結集し、生活改善のため奮闘したい」と決意表明を行いました。
 その後、行革推進事務局前と総務省前に分かれて要求行動を行い、国公労連・堀口委員長は「公務員制度『改革』は国民生活に直結するものである、国民のための公務員制度確立に向けて私たちの運動をひろげよう」と訴えました。

たたかえば、「明日があるさ」

 中央行動のしめくくりでは、小泉流「改革」を許さず国民のための公務員制度確立を求めて、全労連・公務労組連絡会主催の中央総決起集会が日比谷野外音楽堂で開催されました。
 集会は、トランペットデュオのさわやかな演奏でスタートしました。全労連対策本部・石川副本部長からは、能力賃金が導入されている民間職場の実態が報告され、官民が力を合わせて公務員制度改悪を阻止する必要性が訴えられました。
 最後は、再びトランペットデュオの演奏に乗せ、「明日があるさ」(公務労組編)を全員で合唱し、団結ガンバローで本日の行動を終了しました。


躍動 夏はスポーツが花盛りの季節である▼世界陸上、高校総体、夏の高校野球、プロ野球、Jリーグ、五輪種目以外のスポーツを集めた国際大会「秋田ワールドゲームズ2001」など挙げたらきりがない▼過去の記録を紹介しながら、お茶の間に話題と感動を提供していると考えている私も、そのおこぼれを頂戴している▼過去と言えば、日本の夏には幾つもの苦い経験を持っている▼侵略戦争体験、広島・長崎の被爆、航空機事故、鉄道事故などがひとつひとつ刻み込まれている日本なのである▼一方、先日「二十一世紀ロボットが変わる」という記事を読んだが、コンピュータ・携帯電話・飛行機・戦車もロボットなのだそうである▼現在、人間並みの五感はほぼ獲得し、今後は自律が課題のようである▼最先端の人間型ロボット「アシモ」、顔ロボット「アイちゃん」は、ご存じの方も多いであろう▼古きことは忘却の一途を辿り、新しきことはスピードを増してやってくる▼温故知新などいまの日本には馴染まないのか(慢)

「全運輸」 2面・3面
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平和行進
核兵器のない平和な世界を築こう
草の根の運動を各地から
原水爆禁止2001年世界大会in長崎

 原水爆禁止2001年世界大会・長崎が8月7〜9日にかけて開催され、全運輸からは本部・各地協から15名が参加しました。

核兵器廃絶の「明確な約束」

 初日は開会総会が長崎県立総合体育館で開かれ、6500人の参加者が館内を埋め尽くしました。
 開会総会では、海外代表者からの挨拶や世界のヒバクシャからの発言とともに、全国の草の根の運動として、高校生が中心となって核兵器廃絶を求める署名運動を展開し、成功を収めているとの報告が行なわれました。
 さらに、核兵器廃絶の「明確な約束」を実現させるため四つの行動提起をした国際会議宣言がありました。

知らされない中での核実験


 二日目は、分科会などが催され、全運輸は九つの分科会の内、第1〜第7分科会に分散参加しました。
 第3分科会では、「被爆者と連帯し、核兵器のない世界を」をテーマに行われ、その中で、世界の被爆者から被爆体験が報告されました。核兵器開発のために、モルモット的に居住地域を知らされない中で核実験に利用され、定期的に検査を受けた報告がされ、悲しみのあまり涙ぐむ参加者もみられました。

国連及び各国政府へ手紙

 最終日は、閉会総会が開かれ、あいにくの雷雨にも関わらず、ほぼ満員の状態となりました。原爆が投下された午前11時2分参加者全員が黙とうをささげ、総会がはじまりました。
 閉会総会では、全国各地からたたかいの決意表明があり、また、核保有国に「明確な約束」を果たせるために、国連及び各国政府へ「核兵器全面禁止・廃絶条約交渉の速やかな開始を」求める手紙を採択し、フィナーレを締めくくりました。
 3日間の大会を通じて、確実に21世紀の平和運動を担う若者が、育ちつつあることを確信しました。

あらためて感じたこと伝えたい
――参加者の感想文より――

 集結集会の話の中に、昭和20年に原爆を受け、核の恐怖・悲惨さを最もよく知っている被爆者の方々の平均年齢が74歳を超えているとのこと。あと数年すれば、体験された方がいなくなる恐れが懸念されており、今後、どのような形で原水爆の恐ろしさを語り継ぎ、平和へのとりくみを行っていくかが課題という話がありました。
 私たちは、小学生の頃、「平和学習」というカリキュラムがあり、戦争、原爆の悲惨さを勉強し、平和へのとりくみについて学習してきました。集結集会における各地区協からの報告では、九州の小学校では現在も「平和学習」は行われているようですが、地区によっては実施されていないところもあるとのことでした。この集結集会に参加し、今後は戦争体験者・被爆体験者の2世である我々の世代が中心となって、2度と同じ過ちを繰り返さないような活動を実施していくべきと認識しました。

九州陸運支部 白浜 和之さん


 今回初めて長崎での原水爆禁止世界大会に参加して、まず、その大会の規模に驚きました。さすがに世界大会というだけあって、各国からも来賓や多数の参加者があり、平和を訴える人々の気持ちに国境などないということを改めて痛感させられました。
 我が中国地区にも被爆地広島がありますが、被爆者の高齢化に伴って戦争体験の風化が少しずつ進んでいるようです。集結集会での報告にもありましたが、戦争から半世紀以上の時間が過ぎた今、唯一の被爆国である日本として、これからどうやって次の世代にこの体験を伝えていくのか、そして、労働組合として平和に関するとりくみをどう強めていくのかが課題になるかと思います。
 例年行われている平和行進への参加についても、その意義をもう一度考え直す時ではないでしょうか。そのためにも一人でも多くの人が被爆地である広島・長崎を訪れて自分の目で当時の様子を垣間見て頂ければと思います。そして平和であることの尊さを大切にできる人が少しでも増えることを期待したいと思います。

中国航空支部 稲垣  剛さん


 今年はよく歩いた。本当に歩いた。5月に東京・夢の島での出発集会から歩き始め、東京・神奈川県内。6月に始まった沖縄〜長崎コースのうち沖縄県内全コース、そして長崎。トータル14日間、距離にして150kmは歩いただろう。平和行進集結地の長崎では沖縄を一緒に歩いた通し行進の方と再会し、無事に行進をやりとげたことを喜び合った。しかし、状況は依然厳しいことに変わりない。
 核兵器をめぐっては世界がその廃絶に向けて大きく動く中、アメリカの逆行が危惧されているが、それに追随しようとする日本の姿勢は大きな問題だ。首相は平和祈念式典で「二度と戦争はしない」と言ったようだが、やっていることは戦争への道筋作りという全く逆のこと。都合の悪いことは私たちの知らないところでどんどん進んでしまう。今後もみんなで監視の目を光らせよう。

羽田航空支部 清水 賢公さん

「命どぅ宝」を体で実感
近畿地協青年協議会「沖縄平和行進ツアー」から

太陽と風が歓迎してくれた沖縄でした!

 6月21日〜24日「沖縄平和行進ツアー」と銘打って近畿地協青年協議会のメンバー10人(近畿4名、神戸海運1名、近畿航空5名)で沖縄へ行ってきました。
 初日はちょうど沖縄地方の梅雨明けということで、沖縄の太陽と風が私たちを熱烈歓迎してくれました。

ガマで戦時中の様子を実体験

 ガイドさんの案内で平和祈念資料館やアブチリガマ等の南部戦跡巡りをし、沖縄戦に至るまでの歴史的な背景を中心に戦いだけでなく、いろんな意味で国民が犠牲になったことを学びました。特にアブチリガマは非常に窮屈で暗くジメジメしたところで、みんなズボンや靴をドロドロにしながら奥に入り、灯りを消して、一寸先は闇という状況を体験し、戦時中ガマで生活を強いられた住民やけが人の思いを体験しました。
 2日目は、普天間基地、嘉手納基地、有名な象の檻、チビチリガマ、辺野古の海を見学しました。辺野古の命を守る会では、米軍ヘリ基地建設により、珊瑚礁や生息しているジュゴンたちが生活できない海になってしまうと熱く語っていました。また、米軍のラプコン返還や米軍基地の日本返還後の利用方法などについて学びました。

様々な体験のあとで

 3日目には、地元の人とともに平和行進(豊見城村役場〜西崎公園、約8km)に参加し、休憩時間を利用して平和な社会を作るための署名、募金活動のために近所の家々を訪問するなど、良い経験となりました。
 行進は8kmなら楽勝だと思っていましたが、沖縄の日差し、気温によりバテバテ。しかし、行進後の打ち上げでは、おいしい泡盛やビールをいただくことができました。
 最終日は、飛行機までのわずかな時間を利用して首里城や那覇管制部を見学し、帰路につきました。
 あっという間でしたが、近畿では経験できないことばかりで、非常に有意義でした。財政活動に協力していただいた近畿地区の皆様や沖縄航空支部の皆様、どうもありがとうございました。

近畿地協青年協 桝井 芳郎さん

もえぎ色の旗がっちりハンドパス
各地の引き継ぎ集会模様です

峠の難所を経由して

 国民平和大行進の北海道〜東京への網の目コース一つである山形から福島に6月23日県境の栗子峠で引継式が行われました。
 新潟支部山形陸運分会の小池さんから本部立ち会いのもと、東北支部福島陸運分会に引継がれました。
 栗子峠の難所を福島市内の国道13号線経由して、福島有数の温泉地である飯坂町に向け全体で40名の参加で行進しました。
 また、翌日国見町役場から福島県庁までの20kmを小雨が降るなか、全体で30名の参加で核兵器の廃絶、世界平和を訴えて行進を続けました。
 さらに、7月27日東京上野の集結まで無事にリレー旗が通るよう最後までがんばります。

東北支部福島陸運分会 笹原 政二さん


手作り行進旗とともに

 近畿地区を通ってきた国民平和大行進の太平洋コースも、本日が最終日となりましたが、事情が重なり全運輸近畿地協の参加者は議長の私1人だけ。
 雨に濡れた全運輸の通し行進旗と、神戸海運支部の手作りの県下通し行進旗と並べ、どちらかに1本にしようと思いましたが、近畿最後、県内最後に倒すこともできず、結局、両方とも担ぎました。おまけに行進出発後すぐに雨足が強まり、傘も増えて大変でした。
 でも日頃の行いが良いせいか、すぐに雨は止み、大敵の太陽さんは厚い雲に遮られ、快適な行進を続けることができました。
 岡山(中国)との引き継ぎ式も、一時行進旗を見失ったものの(行進ノートを書いている間に片づけられてしまった)、無事発見し、中国地協の手にしっかりとバトンタッチしました。
 梅雨も明け、いよいよ夏本番を迎えます。中国地協の仲間、暑さに負けずがんばれ!

近畿地区協議会 松浦 茂樹議長


今年も表紙を飾るぞ!

 7月5日に広島を出発した2001年国民平和大行進全運輸リレー旗が、7月17日門司港において、中国地区協から九州地区協に引き継がれました。
 引継式第1部は、梅雨の今にも泣き出しそうな天気のなか、門司港唐戸行き桟橋広場において行われ、萌黄色の全運輸リレー旗を九州地協各メンバー、本部より駆けつけて頂いた上原中執、中国地協の永見さんで囲み、写真撮影を行って引継式第1部を終了しました。(この写真が九州地区協三支部合同定期大会議案書の表紙を飾るのだ!)
 次に引継式第2部(懇親会)です。
 蒸し暑い中での引継式だったのでビールの旨いこと旨いこと、参加者一同、平和行進談議、組合談議etcと大いに盛り上がりました。
 さて、九州での平和行進は、宮崎・長崎コース、沖縄・長崎コースと多くの仲間が長崎を目指して進んでいます。
 沿道のおじちゃん、おばちゃんの声援に勇気をもらい、少しでも平和アピールできることを願いつつ、また、行進が終わったあとのビールはさぞかし旨いだろうななどと思いつつ平和の一歩は進みます。

九州海運支部 竹本 直樹さん

炎天下の行進のしめくくりとして
――全運輸集結集会――

「全運輸リレー旗」炎天下の中ゴール

 2001年5月6日に東京・平和島と北海道・礼文島をスタートした全運輸リレー旗は、8月6日、最終行進地である長崎市・宿町の日見公園から九州地区協をはじめ、全運輸17名が参加し、最終目的地の爆心地公園に向け、33度の炎天下のなか行進をしました。
 行進終了後、長崎港湾労働者福祉センターに移動して、「全運輸平和行進集結集会」を開催しました。
 集結集会には、全地区協代表、本部あわせて25名が参加しました。

21世紀の平和運動について大いに語る

 集会では、各地区協における平和運動のとりくみ報告や被爆者が高年齢になっている中で、21世紀の平和運動について、報告、意見交換を行いました。
 報告では、近畿地区協青年部の沖縄平和行進参加と平和学習会の成果などや、沖縄航空支部から通し行進の大切さと今後の教宣活動の抱負について報告がありました。
 21世紀の平和運動については、中国地区協から今後の被爆体験の風化させないために、広島でも市をあげてとりくんでいるとの報告がされました。
 また、平和行進のリレー旗を通すことが近年、定員削減の影響から、多くの行進者を参加させることの困難な状況や青年部員の減少で次世代の平和運動を継承できにくい状況が報告されました。

被爆体験の風化さなせいとりくみを

 今回、長崎被爆者から被爆体験について話を聞き、交流を深める計画をしていましたが、残念ながら都合がつかなくなり、実施できませんでした。
 全運輸として平和運動の一翼を担っていくためにも多くの青年部員などが主体となって、被爆体験などを風化させないようなとりくみが必要です。

全国の仲間の願いを千羽鶴に託して

 今年も真夏の太陽が照りつける、暑い8月の夏がやってきました。
 8月6日、わが中国支部青婦部は広島平和記念公園に千羽鶴を献納してきました。これは、全国の仲間から送られた千羽鶴を、毎年平和公園内の「原爆の子の像」に献納している行動です。

平和の祈りを込めて

 今年は全国から集まった千羽鶴、中国支部が年間通して折り続けた鶴など、合わせて約一万羽が広島に集まり、そのうち千羽を長崎へ送り、九千羽を原爆の子の像に献納しました。
 当日は本部の平和担当である池沢青年部長を迎え、正午に原爆の子の像前に集合のはずでしたが、交通規制が完全に解除されてなかったため、千羽鶴を持った我々はお客様(?)を待たせること約10分、無事合流することができました。
 その後、中国支部青婦部員8名と池沢青年部長の計9名が原爆の子の像に千羽鶴を一斉に献納し、心から平和への祈りを込めました。

平和の大切さ!!

 8月6日というのは広島にとって忘れたくとも忘れることができない大切な日です。また、8月6日、原爆資料館内に「地球平和監視時計」が設置され、平和の時が刻まれています。いま、戦争・原爆を体験された方が年々少なくなっていく中、平和の大切さをどのように後世に伝えていくことが今後の課題だと思っています。
 最後に、千羽鶴を折って頂いた全国のみなさん、ありがとうございました。

中国支部青婦部 村里 昭武さん

  

「全運輸」 4面
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人事院、またも一時金削減強行
――2001年人事院勧告――

3年連続の年収ダウンを許さない
怒りをもってたたかいの奮起を!

3年連続で一時金削減を強行

 人事院は、8月8日、国会と内閣に対して人事院勧告等をおこないました。
 その内容は、(1)期末・勤勉手当(ボーナス)の3年連続の引き下げ(0・05月分)、(2)俸給表の改定をおこなわず、官民給与の格差(月例給、313円0・08%)に見合った年額相当額(3756円)を暫定的な一時金として支給、(3)育児休業及び部分休業(1日2時間)の対象となる子の年齢を「3歳未満」(現行1歳未満)に引き上げる、(4)介護休暇については、取得期間を6月(現行3月)に延長するなどとなっています。

3月に暫定的一時金を一律支給

 今回の勧告の特徴は、2年連続で俸給表改定を見送るだけでなく、昨年度実施した手当の増額すらおこなわない、ほぼ完全なゼロ回答となったことと、暫定的一時金の一律支給という極めて異例の措置を取ったことにあります。
 この暫定的一時金は、単年度で精算する方法であることから、較差(313円)は来年度に持ち越されます。こうしたことに加え、期末・勤勉手当が0・05月カットされることより、1970年の支給月数である4・7月に減額されました。
 この結果、国公労働者の切実な要求とは裏腹に、年収ベースでも3年連続のマイナスとなるなど、益々賃金抑制攻撃がつよまっています。

育児休業・介護休暇は延長へ

 一方、育児休業・介護休暇の延長など、今後の少子高齢化に対応する制度の充実という点で評価すべき点も見られました。
 しかし、他方、今次報告で公務員給与の地域間「配分」見直しに言及した点は、地域の賃金水準の違いを公務内部の賃金配分に反映させようとするもので、これまでの公平な賃金制度を崩すことにつながり、極めて重要な問題です。
 今後は「公務員制度改革」闘争とも連動し、「3年連続の年収減となる給与法改定反対」の要求を掲げ、断固たたかい抜きましょう。

2001年勧告

メンタルヘルスケアの体制づくりをめざして
PTSD東京フォーラム開催される

 7月23日、航空安全会議主催の「PTSD東京フォーラム」が東京都内にて開催され、航空労働者など約100名(全運輸から14名)が参加しました。

PTSDとりくみまだ序盤の段階

 航空機事故の裏側では、被災者やその家族、乗務員などが精神的ストレスを強く受けていると言われます。特に症状がひどい場合は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と言われる状態に陥ります。
 航空安全会議は、PTSD対策とケア体制確立を求めてとりくんでおり、本フォーラムも、その一環として、全国的なメンタルヘルスケアのネットワーク構築を目的に開催しました。

日頃からの啓蒙が重要

 久留米大学・前田講師による講演「航空機事故とPTSD」では、航空機事故におけるメンタルケアの重要性と、日常からの啓蒙活動の重要性が訴えられました。また、北里大学・堤講師は、救命救急現場での経験を交え、「心のケアの3T」(Talk‥話すこと、Tears‥涙を流す、Time‥時を待つ)を紹介、「ストレスに強い人ほど時間が経ってから症状が出る場合があり、継続的ケアが必要」と強調しました。
 私たちの職場には、日常の業務の中で、ストレスがたまりやすい職場が多く、精神面のケア体制確立の重要性を認識する機会となりました。

労働組合の役割って?
新人学習交流集会・機関紙学校

 北海地区協議会では、毎年、新人学習交流集会、2年に一度、機関紙学校を開催しています。
 今年は、7月13〜14日の2日間、定山渓・渓流荘において北海地区協議会主催で「新人学習交流集会・機関紙学校」が開催され、新人組合員、役員など、あわせて64名が参加しました。
 第1日目は、池沢青年部長より、「全運輸の組織形態」や「労働組合とは何か」などの講演があり、積極的な組合活動への参加が呼びかけられました。
 機関紙学校では、浦田中央執行委員が講師となり、今日の情勢や機関紙の役割、また、具体的な紙面づくりの講義の後、実際に参加者が各々思った通りに、紙面のレイアウト作業を行いました。普段なれていないことで、みんな四苦八苦して作業を行い、日程の都合上作業時間が多くとれなかったにもかかわらず、なかなかの紙面が出来上がりました。
 その後、交流会では、新人・中堅が一緒になり全員参加のゲーム対抗戦で盛り上がり、交流を深めました。
 第2日目は定山渓小学校体育館で、新人交流集会を開催しました。
 コンセプトは「子供に戻ろう!」、大人になってからは体験することがなくなった、鬼ごっこ、綱引き、長縄飛びなどを行い、参加者からは『懐かしかった』『久々に大人数で何かを一緒にできた』と好評を得て、楽しみながら交流を深めることができ、大成功で幕を閉じました。

北海地区協発

青年部大会公示
 全運輸青年部規約第11条の規定にもとづき第34回定期全国大会を左記のとおり招集する。
 2001年8月20日
全運輸省労働組合青年部長 池沢 孝之
日時 2001年9月27日9時から28日12時まで
場所 池袋センターシティホテル
〒171―0014 東京都豊島区池袋2―62―14
рO3―3985―1311(代)
議題 一、2000年度運動の経過と総括
二、2001年度運動方針(案)
三、2001年度財政方針(案)
四、青年部規約改正(案)
五、その他 大会第1日目は午前9時開会ですので全員前泊となります。
青年部選挙公示
 全運輸青年部選挙規約第五条の規定にもとづき、左記により2001年度全運輸省労働組合青年部役員の選挙を行うことを公示する。
 2001年8月20日
全運輸省労働組合青年部 選挙管理委員会
一、役員定数 部長1名、副部長若干名、書記長1名、執行委員若干名、会計監査委員2名
二、立候補資格 青年部員
三、立候補届 9月27日17時までに書面をもって選挙管理委員会に届けること
四、投票日及び場所 2001年9月28日、第三四回定期全国大会々場
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全運輸労働組合
〒100-8918 東京都千代田区霞ヶ関2-1-3
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