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機関紙「全運輸」2000年8月20日号(925号)

要求で団結し、職場に真の労働組合をつくろう
国民のための行政を確立しよう


平和への思いをかみしめて 今世紀最大の過ちは繰り返さない!! 原水爆禁止二〇〇〇年世界大会in広島

 広島・長崎に原爆が投下されから55年目の夏を迎えた2000年8月4日、原水爆禁止2000年世界大会・広島大会が開催されました。
 開会総会では、18カ国69名の海外代表を含め、全国から7千人が参加、全運輸からも平和行進・終結集会から引き続き、13名が参加しました。

 核兵器のない二一世紀へ

 開会総会では、核兵器をめぐる情勢の新しい特徴と今後のとりくみの課題、方向を明らかにした、国際会議宣言「核兵器のない世界へ―いますべての力と行動を」の内容と意義について、主催者あいさつがありました。
 引き続いて、各地の代表者から、二〇〇〇年国民平和大行進や、核兵器廃絶を求める「アピール署名」の到達点などが報告されました。

 反核・平和草の根活動の交流

 翌五日は、「動く」分科会を含め、二五の分科会に別れ、海外代表や被爆者との連帯を通じながら、核兵器廃絶の国際的な視野を広げるため、経験交流と討論を深めました。
 参加した第一分科会では、「核兵器のない二一世紀―反核・平和草の根活動の交流」のテーマに対し、全国の参加者から反核運動のとりくみが報告されました。
 特に、愛知県代表からは、「核実験の抗議の手段として、その国の大統領に対し抗議の電子メールを送信したり、核兵器廃絶のシールを作成し車や私物に貼付してアピールするなど、自分たちがこの一年間を通して、確実に実行できることを実施していこう」との報告がありました。

 国公労働者としての平和運動

 同日国公労連・広島県国公の共催による「国公労働者平和のつどい」が開催され、一二二名が結集しました。
 集会は、国公労働者として職場・地域での奮闘を結集させ、世界と日本の平和を誓い合い、毎年の世界大会に併せて開催されます。
 平和講演では村中好穂さんが、「ヒロシマを生かした新世紀に」をテーマに、二十世紀の特徴と歴史の分岐点となった一九四五年八月六日を紀元とした視点で語りました。
 その中で、「原爆という兵器は、防衛手段を約束できない究極の兵器であり、他人だけを殺す兵器ではなく、使用した自分も死ぬことになる兵器である、それだけに原爆はまさしく国際法違反の兵器であり、その本質は、カザフスタンや東海村など事故の後遺症が、現在まで続いていることにある。後世に伝えていくために、被爆者が老齢化しているもとでは、被爆建造物などを残し、事実を伝える資料を残し、それらを受け止める機会を広めていくことが必要である」と強調しました。

 平和の願いは若者に引き継がれ

 六日の閉会総会では、核兵器の脅威から解放された新時代を築くための諸行動を呼びかけた国際会議宣言を、草の根から広げることを誓いました。
 また、全国から寄せられた六千本のペナントで飾られた、広島県立総合体育館に七千五百名が集まり、その中でめだったのは、若い世代の参加者です。
 このことは、着実に反核・平和への願いが広がり、若い世代へ引き継がれていることが感じられました。
 この広がりを発展させ、唯一の被爆国でありながらアメリカと「核密約」を結び、日本に核持ち込みを許してきた日本政府を、動かさなければなりません。
 私たち国公労働者は、改憲策動や「戦争をする国へ」の構造改革など、反動的な政治を許さないたたかいと同時に、平和憲法を守ることを、あらゆる運動の基本と位置づけ、職場・地域での共同行動を発展させなければなりません。
 ヒロシマ・ナガサキのある国に今生きている私たちがしなければならないことは、核兵器のない二一世紀の実現にむけて、大きく運動を発展させていくことです。


 青年部大会公示

 全運輸青年部規約第十一条の規定にもとづき第三三回定期全国大会を左記のとおり招集する。
 二〇〇〇年八月二〇日
      全運輸省労働組合青年部長 池沢孝之
 日時 二〇〇〇年九月二一日九時から二二日十二時まで
 場所 晴海グランドホテル
東京都中央区晴海三―八―一
電話〇三―三五三二―六〇三〇
 議題 一、一九九九年度運動の経過と総括
二、二〇〇〇年度運動方針(案)
三、二〇〇〇年度財政方針(案)
四、その他
 大会第一日目は午前九時開会となりますので、全員前泊となります。

 青年部選挙公示

 全運輸青年部選挙規約第五条の規定にもとづき左記により二〇〇〇年度全運輸省労働組合青年部役員の選挙を行うことを公示する。
 二〇〇〇年八月二〇日

   全運輸省労働組合青年部選挙管理委員会

          記

 一、役員定数 部長一名、副部長若干名、書記長一名、執行委員若干名、会計監査委員二名
 二、立候補資格 青年部員
 三、立候補届 九月二一日十七時までに書面をもって選挙管理委員会に届けること
 四、投票日及び場所 二〇〇〇年九月二二日、第三三回定期全国大会々場



やくどう
 二〇〇〇年人事院勧告は、例年より遅い八月十五日に行われた▼主な勧告内容は、(1)俸給表の改定は見送り(2)扶養手当の引上げ(3)期末・勤勉手当の引下げ(〇・二か月分)となっている▼これまでの交渉で、人事院はわずかなりとも基本給の改善が期待できる回答をしていたが、二年連続の年収べースダウンとなる結果で、断じて容認できない▼人事院は、正確な民間実態を反映したものと言っているが、本当にそうだろうか▼大企業は、軒並み大幅な賃上げができる内部留保をため込んでいる。国家公務員は全国規模であるのに、比較企業規模は一〇〇人で、公務労働の特殊性も加味しているとは言えない▼軒並今勧告は当然と評価する新聞報道の中で、一部では、公務労働の評価を民間賃上げの実態と比較すること自体に問題があると指摘していた▼人事院は、もはや第三者機関としての機能を全く果たしていない▼ILO一五一号条約を批准させ労働基本権を回復し、政府と直接交渉で賃上げを勝ち取るしか道はない(Y・I)


全運輸リレー旗、平和行進を見つめ続けて20年目
一歩一歩踏みしめた「平和」の尊さ
引き継ごう!青い空と青い海
核廃絶へ想いこめて -平和行進・広島終結へ-

リレー旗がもの語る平和への想い

 七月一六日十二時三〇分、東京〜広島コースの全運輸リレー旗は、岡山の最東地の寒河(そうご)に、近畿地協の皆さん、橋本中執とともに無事に到着、中国地協へと引き継がれました。
 原水爆禁止二〇〇〇年世界大会の成功へむけて、五月六日に東京・夢の島を出発した国民平和大行進とともに、「核兵器のない平和な二一世紀をつくる」という想いを胸に、各地の仲間の手に託された全運輸リレー旗も、ついに最終地広島にむけて地協間としては最後の「旗の引継式」を経て、中国地協へ任されたことになりました。
 旗そのものの状態は、この二か月半もの間、強い直射日光、雨風を受けてきただけあって、さらには仲間の熱き想いのせいか、かなり「年季」が入ったものとなっていました。
 出発の時は真新しい旗であったはすで、ここに来るまでにいったい何人の仲間の手を渡ってきたのだろうかとか考えると、手渡された旗の重みをずっしりと感じずにはおれませんでした。
 これからは、中国地協の仲間が、引き続き、責任をもって、あの五五年前に原爆の落とされた広島まで「核廃絶と恒久平和への想い」を胸に運んでいきます。
 八日四日の平和行進全運輸集結集会で逢いましょう。

中国航空支部発


基地はいいらない平和な沖縄を!

 梅雨も明け、真夏の日差しが照りつける七月二日、沖縄での平和行進が始まりました。  スタート地点は普天間基地の移設候補地として名前の挙がっている、名護市キャンプ・シュワブです。「世界的に見ても大変貴重な自然の残る“やんばるの地”に基地はいらない、米軍基地の整理縮小を」の想いを胸に、七日間、八〇キロ余りの行進がスタートしました。  全運輸からは、羽田航空支部からの参加者を含む五名が通し行進に挑戦。全員が無事に歩き通せるよう、互いに励まし合いながら、本島最南端、摩文仁の丘をめざしました。  沿道ではたくさんの人たちが手を振って応えてくれスイカや氷ぜんざいを提供してくれる人もあり、「沖縄の人たちのあたたかい人情にふれ、うれしかった」という行進者も。  期間中天候にも恵まれ、五人全員が無事に踏破。全運輸では、延べ一五八名が行進に参加しました。  「美しい自然の中に突如として現れる米軍基地が奇異に見えた」「平和の大切さを痛感した」など、それぞれが平和への想いをあらたにした七日間でした。

沖縄航空支部発


平和行進の必要性を再確認しよう!

 六月八日に富山県を出発した、第四三回国民平和大行進「日本海コース」の兵庫県側からの引継式に、七月九日、中国地協代表として参加しました。  引継式は、兵庫県から一歩鳥取県に入り込んだJR山陰線、東浜駅という少し寂しい場所で行われました。  引継式は、総勢二〇名程度の小規模な式であるにもかかわらず、なぜか沖縄舞踊まで飛び出すなど、少人数かつへんぴな場所(?)のわりに、盛り上かった式でした。  最後に、近年、平和行進もマンネリ化し、参加人数も年々減少傾向にあると言われていますが、このニ〇〇〇年という記念すべき年に、もう一度みんなの力で盛り上げ、戦争や原爆の悲惨さを我々の子どもの世代まで伝えることが、今の私たちが最低限できることではないかと考えさせられました。

中国支部 大谷勝彦さん


平和への祈りとともにリレー旗引き継ぐ

 広島へむけ長崎からも、七月一日、長崎平和公園において、約二百人の参加のもと出発式が開催されました。  梅雨の時期にもかかわらず、心配された天候も、この日に合わせたかのように快晴となり、朝から暑い出発式となりました。  主催者から「五五年たった今でも原爆の悲惨さは忘れることはできない。灰になっても忘れない」とのあいさつが印象的でした。  今私たちは、被爆体験者の話を直接聞く機会さえ少なくなってきましたが、しれを機に、平和への祈り、戦争法を発動させないとりくみを新たな想いにしたいと思います。  九州では、長崎コースの他、鹿児島・宮崎からもすでに出発しており、七月二一日、門司にて集結し、中国地協へ、平和の祈りとともに引き継ぐ予定です。

九州地区協 西原 弘さん


田舎道でも七名でもリレー旗は通す

 九州航空支部は、七月六〜八日の三日間、長崎・佐賀県境から佐賀県江北町役場までのコースに、総勢七名で参加しました。  三日間とも天候に恵まれ、気温は三〇度以上あるにもかかわらず、北風が吹いて涼しい行進となりました。  各日約三〇名程度の小規模な平和行進団で、佐賀県ののどかな田舎道を毎年歩いていることから、地元の人たちからの声援や、お茶の差し入れが度々あり、非常に気持ちのよい行進でした。

九州航空支部発


平和への願いしっかり引き継ぎました

 長かった梅雨も明け、夏本番の到来を思わせる太陽が、じりじりと照りつける七月二一日、平和行進全運輸旗は関門海峡を越え、九州地協から中国地協へ引き継かれました。  ちょうどこの日は、九州・沖縄サミットの開幕日でした。開催に先立ち、クリントン米大統領は、沖縄戦の激戦地たった摩文仁での演説の中で、沖縄県内にある米軍基地を引き続き維持していく姿勢を示し、沖縄県民の基地の整理縮小の願いに背を向けました。  しかし、私たちは、被爆者や沖縄の人たちの願いを込めて、核兵器廃絶、基地のない日本、人類の平和を訴えながら、八月四日の広島での集結集会をめざし、歩みを進めていきます。

中国支部 三島尚登さん



広島の地で感じたこと、伝えたいこと
-参加者の感想より-

平和のありがたさ実感できた!

 今回、初めて広島での全運輸集結集会に参加させてもらう事になりました。来るまではあまり気が進まず遠いところに行くことを少々苦痛にさえ思っていました。  しかし、実際に広島にやってきて、平和に対する参加者の熱意を肌で感じた時、実際に被爆された方の話を聞いた時、そういう思いは吹き飛び、あらためて平和について考えさせられました。  また、原爆資料館で原爆の恐ろしさ、非人道性を学習し、実際に五五年前にはこのような事実が目の前に広がっていたことを考えた時、平和のありがたさ、そして平和大行進で平和を訴えてきた意義を理解できたような気がしました。  今回、広島での全運輸集結集会に参加させてもらい、自分にとって非常に考え深い意味のあるいい集会に参加できたと感謝しています。

東北航空支部新潟分会 田村正彦さん


平和の誓いを新たに

 中国地区協の企画した、「碑めぐり」コースが印象的でした。原爆投下後の実情はある程度理解していたものの、それ以前の「廣島」については、ほとんど認識はありませんでした。そのことを「碑めぐり」により教えていただきました。  世界大会分科会での「核兵器廃絶には、過激な変化ではなく、ゆっくりとみんなで行えば、新しい変化は定着する」「ここ二〇年の運動をつうじて、全世界的な運動の広がりが非核に対する大きな世論となったことに確信が持てた」「米軍機による低空飛行で影響を受けている地方自治体のネットワークが広がってきている」などの報告は、ネットワークづくりと共同行動の重要性に、あらためて確信を持ちました。  平和公園の中では、木陰で繰り広げられる「語りべさん」と青少年の対話。「原爆の子の像」に手向けられた千羽鶴。「原爆死没者慰霊碑」の前で祈りを捧げる人。ヒロシマには、そんな平和を願う人々が集まって来ているのを見て、平和に対する想いがわき上がってきました。  中国地区協のみなさんお世話になりました。

四国支部 堤 昭さん


国家のエゴが招く戦争の悲劇

 講師の宗像氏のお話を拝聴して様々な事を考えさせられました。宗像氏は、「第二次世界大戦で日本の敗戦・降伏までもう間近な時期に広島に原爆を投下したのは、アメリカ軍の本当の目的が人体実験による、原爆関連のデータを収集するためだった」と言われました。  アメリカ軍の行った民間人に対するこのような人体実験行為は、常識的に間違っていると思います。  日本軍は原爆は使用していませんが、アジアの華僑等を二千万人も殺害しています。女性・子どもを含む民間人ばかりです。  アメリカ軍の原爆による人体実験も、日本軍の小銃・銃剣等による大量虐殺も、犠牲者は罪のない普通の民間人でした。  各国のエゴが戦争を招き、歴史認識さえも変えるようです。自分と違う他人を尊重できる平和教育が大切だと思いました。

東北航空支部 長岡レーダー分会 関 直之さん



平和を願い全国からの仲間が広島に
-全運輸終結集会開催-

 八月四日、二〇〇〇年全運輸国民平和大行進集結集会は、全国から五二名の参加のもと開催し、各地区協における、平和のとりくみ交流と中国地区協の企画による、碑めぐりを行いました。
 各地区協での平和のとりくみ交流では、アメリカ、ロシアが核開発のための未臨界核実験を重ねている中で、日本に核持込みを許すことを、四十年前にアメリカと「核密約」を結んでいた事実が明らかになるなど、各地で抗議行動が盛り上がり、平和のとりくみが活発に展開されたことが、報告されました。
 報告では、「平和行進期間中、機関紙・壁新聞を発行した」「地域内や県内を通し行進をとりくんだ」「他団体からの依頼で、軍事空域の講演に代表を派遺した」等の報告がされました。
 また、船研支部の「平和研究所宣言」の記念行事のとりくみ状況が報告されました。
 その後、中国地区協による碑めぐりでは、核の犠牲者となったヒロシマの人達の立場から一歩視点を変えて、加害者である軍都「鹿島」から見た戦跡めぐりを企画しました。
 冒頭、中国支部の千原さんから、戦争被害の広島の状況が説明されました。
 この企画では、広島市に住む組合員の方も初めて足を踏み入れるという、貴重な体験でした。それは、広島大本営跡、司令部地下通信壕跡、陸軍幼年学校跡などで、中国地区協青婦部の皆さんの説明を聞きながら、約一時間半のコースを参加者全員、熱心に聞き入っていました。
 このような体験を生かし、今後も職場・地域での平和運動を強化していくことを確認し、集結集会を終了しました。


折り鶴に願いたくし青年部が献納


 全運輸青年部は、八月四日、平和大行進の集結に合わせて、全国各支部から送っていただいた、平和の折り鶴を、平和公園内原爆の子の像へ献納しました。
 全国から寄せられた折り鶴は、抜群の出来で、献納するまでには若干の加工が必要でしたが、美しい千羽鶴になりました。
 さて、当日は、例年のように晴天で、体が溶けそうでした。
 そんな中、青婦部のメンバーは、行進団に合流し、もってきた千羽鶴を日傘の上に広げ、道行く人にアピールしたのでした。
 日傘を持った当人には抜群の日焼け止めとなりましたが、風通しが悪く、サウナ状態だったため、傘を降ろすと「ああ涼しい」と言っていたのが印象的でした。

中国支部青婦部発




人事院、またも要求無視 -2000年人勧出される-
2年連続の年収ダウンを許さない たたかいに怒りをもって奮起しよう!

 二年連続年収ダウン の改悪勧告を強行

 八月十五日、人事院は、国会および内閣に対して、一般職国家公務員の給与改定勧告を行いました。
 その内容は、(1)基本給(俸給表)の改定見送り、(2)子等に係る扶養手当の引き上げ、(3)期末・勤勉手当の〇・二か月引き下げなどで、昨年に続いて二年連続年収ベースダウン(平均年間給与で六万九千円、一・一%)となる、極めて不当なものとなっています。
 今回の勧告にあたって、人事院が民間給与実態調査を行った結果、官民給与の較差は四四七円(〇・一二%)と、例年になく小さいことから、俸給表の改定は見送り、その配分は、家計への影響が大きいと考えられる中堅層職員への配慮として、扶養手当の改善にまわしています。
 また人事院は、給与勧告に加えて、「公務員人事管理の改革」に関する報告や、一般行政職への任期付採用制度の導入に関する意見の申し出も行っています。

 俸給体系の抜本的 見直しを示唆

 さらに、近年の民間における能力・実績を重視する賃金体系との適切な均衡を図る上で、級構成や昇給制度、昇給期間のあり方など、現行の総合給型の俸給体系の基本的な枠組みについて、見直す必要があることに言及しました。

 組織の総力をあげた たたかいを

 今、雇用不安や生活不安が渦巻く社会経済の閉塞感のもとで、公務員賃金・公務労働の果たすべき役割がおおいに求められています。同時に、労働基本権制約の「代償機関」としての人事院勧告制度が問われるなか、「俸給体系の見直し」や能力・実績重視の、新たな人事管理制度の導入をめざした攻撃がかけられようとしています。
 今後は、国民的共同を広げるなかで、公務労働者による一層の奮起と強固な要求を組織し、生活改善のたたかいに全力を傾けることが重要となっています。

人勧要旨

【勧告の考え方】
○約半数の民間企業が低率、低額ながら給与を改善した。
○郵政、林野など四現業職員は0.12%の給与改善を行った。
○民間のボーナスに当たる期末・勤勉手当の引き下げで年収が2年連続ダウンすることを考慮。
○官民の給与較差が例年になく小さく、俸給表の改定は適当ではない。ただ、子育てをする中堅層の職員には特に配慮が必要。

【勧告内容】
官民の給与較差
○給与実態調査による今年4月の給与額は、民間が国家公務員を一人当たり平均447円(0.12%)上回っている。
○民間のボーナスは所定内給与月額の4.75月分で、国家公務員の期末・勤勉手当の平均支給月数(4.95月)を0.2月下回っている。
改定内訳
○給与較差447円のうち434円を扶養手当の改善に充てる。
○期末・勤勉手当は0.2月下げて年間4.75月とし、12月期の支給時に期末手当を0.15月、勤勉手当を0.05月それぞれ下げる。



全国から一万五千の元気の源が集う
日本母親大会開催される

 「生命をうみだす母親は生命をそだて生命を守ることを望みます」という想いから始まった日本母親大会は今年四六回目となり、七月二九〜三〇日の両日、東京で開催されました。

 トットちゃん の講演に感動

 一日目は、広い有明コロシアムに一万五千人もの女性が集まり、熱気に包まれた全体会となりました。
 挨拶などの後、女優で、十七年前からユニセフ親善大使としても活躍されている、黒柳徹子さんによる記念講演があり、ご自身が、タンザニア、スーダン、インドなど、援助を必要とする国々を訪れて、それらの国の子どもたちと触れ合いながら、見たり感じたりしたことを話されました。
 脳に障害を起こすほどの飢餓があること、先進国では恐れられなくなった病気でも、予防注射が受けられないばかりに、多くの子どもたちが亡くなっていること、戦乱に巻き込まれて、目の前で家族を殺されることなど、まともに生きていくことさえも難しい状況を見てきたそうです。
 「こんな子どもたちのためにまずは関心を持ってください」と彼女は強く訴えました。
 自分の子どもだけでなく、周りの子どもも一緒に大事に育てていく姿勢が必要だと感じました。

 「堂々と差別、 恐ろしいこと」

 講演の後、全国の様々な団体から、それぞれのたたかいの訴えがあり、国公女性交流集会で講演された辛淑玉(シン・スゴ)さんも参加されていました。
 辛さんの「最近日本では堂々と名を名乗って差別をする人が増えていて、それはとても恐ろしいことだ」との発言が印象的でした。
 二日目は、六四もの分科会に分かれての討論や、特別講座、戦争関連の見学会などが行われ、母親大会は熱気に包まれたまま終了しました。



公務労働の役割って?

 六月二八日、中国地協主催の学習会が、約五〇名の参加で開催され、国公労働者のOBである塚田博氏(前中国ブロック国公議長)を講師に迎えて、民間企業の労働実態などについて学習を深めました。  講演では、自らが携わっておられる「広島県労連労働センター」の活動が紹介され、現状の民間企業の雇用状態、ならびに未組織労働者への助言により、十六もの労働組合が誕生したことなどの話がありました。  また、国公労働者として、公正で民主的な行政を推進するうえで、国民のための行政になっているかということを、常日頃から心がけ、私たちの労働運動と結合してたたかっていくことが必要ではないかとも強調されました。  続けて塚田氏は、国公労働者の労働条件は、五千万人の労働者に大きく影響を与えているもので、国民の先頭に立って労働運動を行っていくことが、国民からの信頼を得ることにつながるとの締めくくりで講演は終了しました。

中国支部 波戸岡健吾さん




ヨーロッパ交通調査
 10日間の旅硯(たびすずり)
(第3歩)
交運研調査団長
 田中茂富
見てから調査するか

スペイン国鉄 自慢はAVEだ

 今回の調査対象にスペイン国鉄を選んだわけは、ヨーロッパで数少ない国営であることから、新幹線計画の進捗状況および投資財源などを把握するためであった。
 日本は八七年に民営化されているので「何をいまさら」と思われるだろう。しかし、この間、ドイツやフランスの鉄道が悲惨な事故を続発し、日本のJRも杜撰な運営ぶりが露呈するなど、内外ともに民営化の検証が急がれていくことは確かである。
 さて、国土面積が日本のほぼ一・三倍、人口は三千八百万人の国に敷かれたスペイン国鉄の最大の特徴は、一八四八年の開通時から標準軌道より二三センチも広い広軌が採用されていたことだ。しかし、起伏の激しい台地での鉄道網拡大ができず、隣接のフランスへの乗り入れを困難にしてきたため、在来線の本数は少なく速度も遅いと評価されてきたという。
 こうした歴史をもつ鉄道ではあるが、その近代化は九二年四月にマドリッド〜セビリヤ間で開通したAVE(標準軌高速列車)が画期的とされている。時速二五〇キロの新幹線は、今、国鉄経営下で拡張が推進中である。