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なぜなぜ組合活動

 全気象新聞に連載された、「なぜなぜ組合活動」 全気象労働組合に対する疑問や悩みにお答えします。

なぜなぜ組合活動 - 目次
国会などでのデモ行動がイヤなのですが、あんなことして意味があるのですか?

実は大きな意味があります。政府側は行動の参加者数を見て、労働者の要求がどれだけ強いものなのか、その大きさをはかっています。「デモ行動が好き」というひとは、そんなにたくさんいるわけではありませんが、このような意味があるので、みながんばって参加しています。

組合では、特定の政党を支持しているのでは?

そのようなことはありません。「資本や政府から独立し、思想・信条、支持政党、宗教の違いをこえ、一致する要求で団結する」というのが労働組合の大原則ですから、特定政党を支持するということは、労働組合としてあってはならないことです。同じ目標をもつ政党と協力することはありますが、組合員に政党支持をおしつけるようなことは絶対にありません。

大会や国会請願にむけての決起集会などで、ある政党の議員しか来ないじゃないか、という人もあるかと思いますが、大会の案内自体は他の政党にも出しています。結果として、来てくれるのが特定政党の人だけ、という最近の状況があります。なお、大会や国会請願集会に他政党の議員が来てくれたこともあります。

デモ行動では、赤い旗にシュプレヒコール、一昔前によく見かけた「過激派」の人みたいでイヤなのですが。

「過激派」の人たちと一緒にされては困ります。そのようなイメージを多くの人に植え付けたということ自体にも、彼らの犯罪的役割があります。

難しい説明をすれば、彼らは「左翼日和見主義」の暴力集団です。労働者・国民の要求を阻む勢力との現実の力関係を客観的に判断しないで、主観的、冒険主義的に活動します。これは、政府の挑発と弾圧をまねき、わたしたち労働組合の運動をも困難におとしいれるものです。

少々面倒くさくなりましたが、要するに、かれらと私たちとは根本的に違う、ということだけは強調しておきます。

どうして赤い旗や赤い腕章を使うのですか? 赤色にはどんな意味が?

赤い色は、資本主義が生まれ、労働組合運動が芽生えていくなか、労働者が八時間労働制などを要求してたたかったときに弾圧され、流した血の色を意味しています。労働組合誕生以来のたたかいの歴史に刻まれた色といえるでしょう。

ただ、旗の色はこれでなくてはいけないというものではありません。「色を変えれば要求が実現する」というのであれば、よろこんで変えるのですが…。

全気象という労働組合があるのに、定員削減や測候所の廃止などがとまりません。大幅賃上げも実現しません。民間労組の話を聞くと、経営側と激しく対峙しているのに、当局に強くものをいえない全気象は「弱い労働組合」なのでは?

これには、二つのポイントがあります。一つは、いわば気象庁当局は本当の敵ではないこと、もう一つは、当局に対してその存在や運動を一定認めさせているという点で、全気象は比較的強い労働組合である、ということです。

民間労組が対峙しているのは、会社の経営陣であり、賃金も労働条件も、経営側が決定できます。ところが、気象庁のような国の機関の場合、それらを決めるのは、最終的には政府です。定員削減などは、現在の政府・与党の「政策」によるもので、労働組合にとっては非常に大きな相手といえます。したがって、政府や人事院相手には、国公労連という枠組みで交渉をし、たたかっています。

また、全気象は、どちらかというと強い労働組合です。定員削減などの課題は、国の政策として押し付けられるので、気象庁当局も従わざるをえない、という立場ですが、気象庁の裁量で出来るものについては、全気象が動けば実現するものが少なくありません。

職場はとんでもなく忙しいのに、全気象はその状況を見に来ることもありません。組合費を払っているのに、なにもしてくれないのはどうしてですか?

労働組合の運動は、職場レベル=分会レベルから動き始めるのが本来の姿です。「人員不足で忙しい」など、職場で何か改善したいこと(=要求)があるばあい、基本的には次のような手順で解決を図ります。なお、このようにことがすすまない場合は、直接本部や地本にご相談下さい。

  1. まずは、官ルートで改善できないか職場のなかで相談し、要望をだす。
  2. それでも解決しない場合、全気象の分会のなかで話し合い、地本にサポートしてもらうなどして、要求書を作成し、所属長交渉をおこなう。
  3. 要求の内容が他の分会や地本にも共通であれば、管区台長交渉や長官交渉でもとりあげ、実現にむけて努力する。
  4. 気象庁だけでは解決できない課題は、国公労連の枠組みでたたかう。

高い組合費を払っているのは、きちんとした活動をするほど、どうしてもそれだけお金がかかってしまうからです。労働組合は、「お金を払って、問題を解決してもらう」ものではなく、一人ひとりが運動の主役である、ということを理解していただきたいのです。

メーデーで行進していたら、沿道にいた50代くらいのおじさんがこちらをみて、「まだあんなことしてる。古臭いなあ」といっていました。やっぱりデモは、アピールにならないのでは?

デモ(demonstration=示威行動)は、沿道という限られた場所にいる人相手ではありますが、要求をアピールする方法としてはいまのところベストです。ほかに良い方法がないので、いまでもおこなっています(現にそのおじさんも見ています)。古臭いと思われるのは、労働組合の社会的評価が低下し、労働運動の意義そのものが、多くの人々のこころからはなれているからだと思います。しかし、労働者をとりまく情勢は年々厳しくなっており、以前にもまして労働組合の役割が重要になっています。

もし、「まだあんなことしている」と言ったおじさんが一人の労働者だったとしたら、自分がいかに弱い立場なのか、思い知らされる経験が今までに無かった「ラッキーな人」なのでしょう。たしかに全気象のなかでも、自分あるいは身近な仲間が、仕事上で不利益を被った経験があるかないかで、組合活動の理解度が左右される傾向があります。

デモ行進がアピールにならないかというと、そんなことはありません。沿道の人々のとらえかたはいろいろだとおもいますが、肝心の相手である政府当局の担当者が必ずみています。

集会にいくと、よく「がんばろう」という唄が演奏されたり、みんなで歌うことがあり、とてもイヤです。あんなのは、やめたほうがいいと思います。何の意味があるのですか?

みんなでうたうことに対し、多くの組合員が「イヤなことの押しつけ」と感じるなら、やめるべきと考えます。

以前は、「うたごえ」と呼ばれる音楽が、文化活動としてかなり盛り上がっていました。労働組合活動のなかでもよく「うたごえ」がうたわれ、デモ行進やストライキの決行中に、うたうことによって自らを励まし、組合員どうしの連帯を深めていました。  最近では、多種多様な音楽が巷にあふれ、老若男女をとわず、いろんな完成度の高い音楽に慣れ親しんでいます。このようななかで、「がんばろう」などの労働歌を、アコーディオンの伴奏でみんなでうたう、というのは、圧倒的多数の嗜好から外れているかもしれませんね。「うたごえ」好きな人たちが仲間と楽しむのはもちろん良いのですが、かならず「みんなでうたう」というやりかたが「押し付け」になってはまずいと思います。

団結ガンバローが、なんだかイヤなのですが。

これは、単純に「〆の言葉」です。最後に「決意を固めあおう」というもので、文字が示す以上に深い意味はありません。ただ、たしかに「独特の儀式」にも見え、労働組合を身近に思ってない人にとっては、悪いイメージを膨らませることもあるようです。

しかし、気の合う仲間が集まったときの「団結がんばろう」は、集会などの終了を引き締まったものにしてくれて、悪くないものです。要するに、組合活動そのものへの理解がすすみ、自分たちで納得できることが出来ていれば、結構使える「〆の言葉」になると思います。

なお、団結ガンバローをやめたり、かわりに「一本締め」を試したりした人々の話を聞きましたが、あまり良くなかったそうです。

なにかというと「たたかう」とか、「〜のたたかい」という言葉を使い、なんにでも反対している組合が、攻撃的でいやなのですが。

「たたかう」という言葉には、「勝ちを争う、攻め合う、戦争する」という意味のほかに、「障害・困難などをのりこえようとする」という意味があります(広辞苑による)。労働組合で「たたかう」という場合、主に後者の意味合いが強いと考えてください。

ただ、全気象の場合、当局から不当な攻撃があった時には、前者の内容で、当局と戦争(良い言葉ではありませんが)することもあります。

労働組合が反対している課題は、たしかに沢山ありますが、それは組合員に対して不利益があるからです。やみくもに「なんにでも反対する」ということはありません。それぞれに、労働者の立場にたった、キチンとした根拠や理論があります。

仕事が多くて早く帰れるような状況ではないのに、組合は、「一斉定時退庁日には早く帰ろう」と呼びかけます。どうしてそんなムリなことを言うのですか。

本来帰るべき時間に帰り、そのうえで、いかに定員が少ないかを当局に示すという運動として、「定時退庁」を呼びかけています。

業務量に比べて定員が少ないことによって、本庁、管区などを中心に「残業をするのはあたりまえ」になってしまっている職場が多いのですが、本来は、勤務時間内に業務を処理できるように定員が配置されるのが原則です。「仕事のやりがい」とのかねあいもありますが、ムリな残業を重ね、体をこわしてしまっては、元も子もありません。私たち労働者にとって、仕事で健康を害するほど損なことはないのです(雇用者にとっては、「病気になるほどがんばった功労者」ではなく、「使えなくなった者」に過ぎない)。

こうしたことをゆるさず、当然の「働くルール」をまもるための運動として、「せめてこの日だけは早く帰ろう」ということに賛同していただきたいのです。定員不足から、結局翌日以降に仕事が残るのはわかりますが、ぜひ定時退庁行動に参加してください。みんなが早く帰るほど、周囲の人も早く帰りやすくなります。

労働組合で平和運動をするのはどうしてですか? 平和運動は組合活動とは直接関係なさそうだし、平和に関する考え方は人それぞれで(憲法改正論も含めて)、そのようなことまで意思統一する必要はどこにあるのでしょうか?

平和な世界に住みたいというのは誰もが願うことですが、労働組合にとっても、平和を守ることは重要な課題です。

戦争は基本的人権を破壊する最大のものです。戦前・戦中の軍部による国民支配にも見られるように、平和でない社会においては、基本的人権が保障された民主的な社会で働きたいという労働者の当然の要求が、簡単に踏みにじられてしまいます。

全気象についていうと、気象情報は最も重要な軍事機密の一つであることから、先の侵略戦争に直接加担させたれたという痛恨の反省があります。さらに、いま、戦争法(新ガイドライン関連法)が発動されれば、まっさきに戦争に駆り出される立場にあります。こうしたことから、私たち気象事業にかかわるものとしては、平和運動を特に重要視しています。

平和な社会を実現する道筋に、若干の異なった考え方を持つ人もいるでしょうが、平和でない社会を望む人はまずいないでしょう。平和については、一致する要求と考えます。

以上の理由で、労働組合は平和運動にもとりくんでいます。

「全気象」の「全」って、一体何ですか? 全気象だけでなく、他の組合も「全**」という名前が多いようですが。

「全気象労働組合」の「全」とは、もともとは「全国」あるいは「全日本」の「全」です。

労働組合は、もともとは地方あるいは地域ごとに旗揚げされたという歴史があります。これは、組合が「職場に根ざした組織である」ことを考えれば、より小さい枠の中から誕生するのは当然のことといえます。

全気象で言えば、いまの地方本部や分会レベルの組織が、各地で出来上がりました。それぞれが独立した組織でしたが、おなじ気象庁にはたらく職員として、一緒に運動をすすめるほうが、自分たちの要求が実現しやすくなります。これが、全国組織として、1957年に「全国気象職員労働組合」(第6回中央大会で全気象労働組合に改称)が誕生した経緯であり、名称に「全」がつけられている理由となっています。

他の多くの単組(たんそ=単一の組合)も、似たような歴史をたどっているので、「全**」という名称がつけられています。

三年連続賃下げの勧告が出ましたが、これだけ景気が悪く、さらに、国と自治体の借金が666兆円もある状況では、すこしくらい賃金が下がってもしょうがないのでは?

なぜ借金大国になったのか、そして、なぜ景気が悪いのか、二つのポイントについて考えてみましょう。

666兆円という大きな借金は、諫早湾干拓に見られるようなムダな公共事業に毎年50兆円もの予算を投入するなど、大企業をもうけさせるための公共投資が主な原因です。一方、今回の賃下げ勧告で削減される予算は725億円程度と、国の借金地獄解消に役立つようなものではありません。桁が違います。むしろ、ムダな公共投資の一部を削減するだけで、公務員の大幅賃上げも可能です。

それから、景気が悪化している原因のひとつに、「賃下げの悪循環」というものがあります。賃金が上がらないと、物を買おうとしないでしょう。また、人事院勧告は、国公労働者だけでなく、賃金などが人勧に準拠している民間労働者など、3,500万人の生活にも影響しています。民間準拠に固執する人事院勧告によって賃下げがおこなわれると、さらにそれが民間賃金の切り下げにつながる、という悪循環です。これを、なんとしてでも断ち切る必要があるのです。

全気象は、気象事業整備拡充運動として「政策提言」をしているようですが、これは当局の仕事であって、組合が口を出す必要はないのでは?

労働組合の役割は、賃金や労働条件の改善だけではありません。良い仕事ができる職場、本当に役に立つ仕事の実現にむけて努力するのも、労働組合の重要な役割のひとつです。近年では、この役割がとくに重みを増しているといえます。

全気象でいえば、国民のみなさんが本当に必要としている防災情報などを、十分な体制で提供できる気象庁を目指しています。ところが、政府の「行革」路線のなかにあって、気象庁当局の政策(気象審議会第二一号答申による)は「国民本位のもの」とはいえません。

全気象が「よりよい気象事業」の実現をめざすためには、当局の政策をただ否定するだけでなく、これと対峙するきちんとした政策を持つ必要があります。そこで、政策を提言することになりました。独善的な政策とならないよう、ひろく国民の皆さんの意見を聞くために、アンケート活動(第四次気象事業点検運動)にもとりくみました。寄せられた幅広い意見をもとに、全気象の「政策提言」確定をめざしています。

自分たちの「仕事に対する誇り」を守るのも、労働組合の役割です。このことを職場で確認すれば、自分たちの運動に対して、さらに確信が持てると思います。