全気象新聞は人と人をつなぐネットワーク
中央執行委員長 冨安 一弘
 全気象新聞がついに1500号を迎えました。第1号が発刊されたのが1957年11月1日ですから、実に52年近くが経過したことになります。その作成過程も、ガリ版印刷に始まり、金属の活字を拾って版を作る活版印刷を経て、現在のDTP化へと時代とともに進化してきました。この間、あらん限りの創意工夫と情熱を新聞発行に注いでいただいてきた、歴代の編集委員の皆さんに敬意を表するとともに、それを暖かく支えていただいた組合員のみなさんに心から感謝申し上げます。
 約52年前、「全国気象職員組合」(後の全気象労働組)の機関紙として発刊された第1号は、「単一『全気象』いよいよ発足す」、「今こそ全職員団結のとき」という見出しで、第1回の中央大会の模様を報じています。
 実は、戦後間もない46年6月1日(=気象記念日)に「全国気象職員組合」と全く同じ名前の労働組合(以下、「第1次全気象」)が誕生しています。東京の芝田村町(現在の新橋付近)交差点近くの飛行会館で結成大会が開かれ、現在の気象庁長官にあたる中央気象台の藤原咲平台長も駆けつけて祝辞を述べたといいます。
 この「第1次全気象」は、運輸大臣との直接交渉権を有するなど、画期的な国公労働組合として船出しました。しかし、49年5月に国会で成立した行政機関職員定員法により、当時の気象庁の職員数の約21%にあたる1419人もの定員削減が、9月までのわずか4か月で強行され、役員や活動家が相次いで職場を追われるなかで、50年12月、ついに解散してしまいます。その後、再び全国組織建設の機運が高まり、幾多の苦難を乗り越えて、ようやく再建を決定した中央大会の模様を報じたのが全気象新聞の第1号だったのです。
 以来、全気象新聞は、中央と地方、職場と職場、仲間と仲間をつなぐネットワークとして、そして歴史をとどめる貴重な資料として発展してきました。電子ネットワークが展開され、簡便に情報交換できる世の中になりましたが、こうした機関紙が持つ有用性を、これからもしっかり引き継いでいかなければならないと考えています。今後もご愛読いただくようよろしくお願いします。

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