核廃絶への決意新たに
被災55年3・1ビキニデー
 3月1日、静岡県焼津市で「被災55年3・1ビキニデー集会」があり、全気象から4人が参加しました。
 ビキニデーとは、1954年3月1日にアメリカがビキニ環礁で行った水爆実験により、第5福竜丸無線長の久保山さんが放射能障害によって亡くなられたことに対し、原水爆被災者を追悼し、核兵器の無い世界への決意を新たにする機会として、第5福竜丸の母港であった静岡県焼津市を中心に毎年開催されているものです。
 この第5福竜丸事件を契機として、広島、長崎の被爆に続く3度目の核兵器被害に対する怒りが日本列島中に広がり、翌1955年には第1回原水爆禁止世界大会が開かれ、同年秋に日本原水協が発足するなど、日本の原水爆禁止運動の出発点とも言える大きな運動に発展しました。
 朝9時30分に焼津駅に集合した参加者は、久保山さんの墓が祭られている弘徳院まで行進を行った後、墓前際を行って核兵器廃絶への決意を新たにしました。また、午後からは、焼津市文化センターで約1600人が集まって集会が開かれ、2010年のNPT(核不拡散条約)再検討会議を前に、核兵器廃絶を求める大きなチャンスが訪れていることを確認しあい、「核兵器のない世界を」の署名を広げ、平和行進などのとりくみを成功させ、核兵器廃絶のうねりをさらに大きく広げていく決意を固めました。

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